2011年11月15日   

朝から後藤繁雄の『トランスパランス』を再読。

インタビューの仕方やそのまとめ方を参考にしたかったのだけれど、インタビュー内容に引き込まれる。

たけしの「人間の魂が体に閉じ込められている制限が課されていることは罰だ」という言葉や「自由というのは選択肢がありすぎて悩んでしまう。規制された方が楽。だから自由にしていってていうのも罰かな」って言葉が印象に残る。
書き留める。

「お前ら何やっても自由だよ。その中でお前ら何を選ぶんだ」っていう、相当きつい命題だと思うね。人殺すのも自由、何しても自由、全部自由だよ。それでお前何選ぶんだって。
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# by karorirorin | 2011-11-15 06:59 | さすらいな日々

ブログの移動   

ブログを移動しました。

http://suslife.exblog.jp/

よろしくお願い致します。

かおり
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# by karorirorin | 2010-06-11 16:14 | ぼちぼちな日々

屋上農園を始めました   

d0161428_18543167.jpg池尻の、ものづくり学校の屋上で、屋上農園をやっています。

くわいのメンバーでやっているので、わたしも初めて農作業に参加しました。

池尻グリーンネットワークという団体を中心に昨年から始めた農園です。


d0161428_18545141.jpgなんと、ブドウの苗木が芽吹いていました!かわいくてちょっと感動。

d0161428_185541.jpgコスモスの植え換えや、土づくりをしました。
朝の作業なので、お天気がよいと気持ちいい。

農作業の合間に、美味しいパンでのお茶ができるのも魅力のひとつです。
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# by karorirorin | 2010-04-18 11:45 | グリーンな日々

日野明子さんの展示会へ   

日野明子さんという方の、出版記念の展示会に行ってきました。

日野さんは、自称「ひとり器ドン屋」。

ひとりで、全国の職人さんのところをまわって、うつわを仕入れ、東京の百貨店などにおろしている方です。

食器の目利きであるのはもちろんのこと、一度お会いしただけでその魅力がつたわる人柄のもちぬし。

わたしも、今回の展示会で初めてお会いして、瞬時に日野さんのおおらかな人柄にひきつけられてしまいました。

今回の展示会は、『うつわの手帖2ごはん』の出版記念のイベント。

[ごはんのうつわ屋]
4/2(金)〜 11(日)12:00〜20:00 神楽坂 フラスコにて

器も素敵なものばかり。漆のお椀あり、かわいらしいわっぱあり、なんと米ぶくろでつくったバッグや、木製の鍋敷き・・・などなど。

今月かなりの金欠だったにもかかわらず。。。桐本工房の木工皿を買ってしまった・・・d0161428_1921480.jpg
でも!後悔はしておりません。

お盆としてもお皿としても使える木のオシャレなお皿なんて、そうそうお目にかかれるものじゃないもの。

日野さんが今回出された本はこちら。
うつわの手帖2ごはん 2月22日発売
d0161428_192116100.jpg
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# by karorirorin | 2010-04-11 11:46 | さすらいな日々

長崎より戻りました。祖母から聞いた昔の話   

昨日長崎より戻りました。
母がいなかった1週間ほど、代わりに祖母のお世話に行ってきたのでした。

何かできるうちにしたいと思っていたのと、ちょうど仕事の切れ間だったこともあっての滞在。
毎朝5時起きして、祖母のいるケアセンターに通いました。

50人ほどのご老人たちが暮らすセンターです。
誤解を恐れずに言うならば、おばあちゃんたちはかわいい。

皆少しずつボケていて、どの人がどこまで本当のことを言ってるかわからないのですが、
その場その場では、ちゃんとした会話が成立する。
同じことを20回くらい繰り返して話したりするわけだけれど。

なにごとにも、年季が違うので、器がでかい。
少々のことでは悩まない。
人の悪口もはっきり言うし、多少悪口を言われても意に介さない。

私が少しでも自分の話をすると、おおらかに、幸せな方向に話が導かれて、なんの悩みもない人生が送れそうな気にさせられる。

とにかく、私が居る間に、おばあちゃんとはいろんな話をして、祖母の頭もずいぶんしっかりとしたのでした。話すことが大事みたい。
あとは一緒に体を動かしたり、昔の歌を歌ったり。

「いつ帰るとね?」「何時に起きたとね」など
1週間通う間に、50回は同じ質問をされるわけですが。

昨日のことも忘れてしまうなんて、本人が一番怖いのではないかと思う。
そんなこと微塵も感じさせない底抜けの明るさがすごい。
瞬間瞬間を生きている感じでした。歳取ると子どもにかえるというのは、本当ですね。


祖母が若かった頃の話をきくのが、いちばん面白かった。
最近のことはすっかり忘れても、若い頃の記憶はしっかり残っている。

戦争前の日本は、本当に豊かな国だったのだなと思う。写真をみると、皆モダンな格好しているし、水着で泳ぎにいったり、旅行したり青春時代を謳歌していたらしいのです。
その頃の長崎の写真は本当に興味深い。

うちの祖母は、昔長崎にひとつしかなかったホテルのマネージャーの末娘だったのです。
ジャパンホテルという(ひとつしかないから当たり前に)繁盛していたホテルで、外人も多かったから父親は自然と英語を話す。祖母も活水女子短大を出て、銀行で英文のタイプ打ちの仕事をしてました。
テニス選手でもあったそうです。

実家は、大浦の長屋一角を所有していたり、祖母のお姉さんは、フランス領事館の養女だったりと、それなりに裕福な家だったよう。だからか、うちの祖母は、歳取ったいまも、紅茶にクッキーを好むハイカラ婆さんです。

一力という、古くからの料亭に連れてってもらう約束をしました。
あと10年はがんばって生きてほしいと思います。

いや~もうよか

と言われそうです。

今度は、私の孫として産まれてくるとか、変なことを言ってました。
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# by karorirorin | 2010-03-09 00:14 | ぼちぼちな日々